Entries

お寺が無い村、美濃・東白川村。

今、岐阜県には「村」は2つしかない。

「白川村」と、「東白川村」。

字づらは似とるけど、位置的に全く違う。



    両白川


方や「世界遺産」。

     白川郷



     もう一方は「ツチノコ」。
     
     つちのこ

 この「ツチノコ」、毎年ゴールデンウィークに、
東白川村で「ツチノコ探索」が行なわれる。

生体捕獲だと何十万円、死体は何万円、写真は何千円だかで、
繰り越されて、かなりの額になっとるハズ。(百万単位!)
探し当てられんでも、今では観光行事になっとるんよねえ。

「つちのこ館」なんてのもある。

     ツチノこ館

おもしろいトコやよ~! 「つちのこミュージアム」!
ワシも行ったことあるけど、ここで勉強?すると、
絶対捕まえとうなる、ツチノコ!
絶対 おるよ! ツチノコ!!

(ちなみに、このミュージアムの隣と言っていいトコに、
白草食堂という焼肉屋さんがあります。
ここのケーチャンは絶品やよッ!)






     「遠山の金さん」

唐突ですが、このかたをご存知でしょうか?
         ↓
     金さん


北町奉行の、あの金さんです!
肩から背中に「桜吹雪」の刺青をいれた名奉行!

・・・いつもの あの場面。
町人や その娘、悪人どもが奉行所の お白洲に揃えられる。

悪人:「なんかの間違いでさあ。こんな毒女の言うことを
    真に受けねえでくだせえ!」
娘: 「ああ、ここに 遊び人の金さんがいてくれたら…
    あの人ならすべて判っているのに…」
悪人:「ヘッ!また苦しまぎれにヨタごとを!
    そんなに言うなら ここにその金さんとやらを
    連れてきやがれ! 
    お奉行様、オレらも見てぇモンだ! 金さんを
    ここへ連れてきてくだせえよッ!
悪人ら:「そうだ そうだ! 金さんとやらを出しねえッ!」
    

奉行:「おうおうおうッ! さっきから黙って聞いてりャ
     言いたいことばかりホザきやがって!
     ・・・・・・
     てめえら、あの日咲いた夜桜を、
     まさか見忘れたとは言わせねえぞッ!!!」

ガバッと裃の上を脱いでモロ肌を見せる!
そこには 目にも鮮やかな「桜吹雪のいれずみ」!

娘:  「ああッ! 金さんだッ!」
億人ら:「うぐッ! なんでこいつがッ?!」


・・・ああ、また見とうなった!!
もう やらんのやろうか? 「遠山の金さん」!!

「金さん」は実在の人物です。

    遠山影元


その名(官職名含めて)は、
「遠山左衛門尉景元・とおやま さえもんのじょう かげもと」
通称「金四郎」。
やで、「金さん」。



尾張平野から北東方面を眺めると、ひときわ高い山が見える。
そう、「恵那山」です。

これを、平安の古くは「遠山」と言ってたらしい。
「遠山荘 とおやまのしょう」という荘園も運営されてた。

その地に、鎌倉幕府の要人たる「加藤景廉(かげかど)」が
土着し、「遠山家」の祖となった。 

遠山家は七家あり、「金さん」は「明知 遠山家」の分家。



・・・東白川村は、日本で唯一「お寺が無い」自治体です。

これは ご推察のとおり、明治初年ころの「廃仏毀釈」の嵐にもまれたことによるものです。

当時、明治新政府は、「祭政一致」を方針としました。
いまの「政教分離」とは「真逆」ですね。

その政府のアレで、「神仏分離令」が発せられましたが、
これは「神社と寺院をハッキリ区別せよ」
というものがソモソモの目的でした。

ところが、今まで「寺」にシイタゲられてきたと感じてきた
「神官」や、「市井の人」の中には、
「仏教を廃止・毀損せよ!」という「廃仏毀釈」という
考えにすりかわった人が多くいました。


「遠山七家」のうち、「苗木 遠山家」というのがあります。
この家は、幕末まで城持ちとして残った諸侯の中で
最小の家とも言われます。

この「苗木藩」は、藩の要人に「国学」によって名を全国に
響かせた人間がいました。

「国学」とは、天皇・神道をもって、唯一無二の思想と謳う考えを頂いた学門で、仏教などは もともと外国から入ったモノで、排除すべき・・という立場をも持っていました。

その学派の、当時の第一人者はもちろん「平田篤胤」です。
彼の直系の弟子ともいえる人物が「苗木藩」にいて、藩政に
大きな影響を与えていました。

政府が「神仏分離令」を出すと、苗木藩は間もなく、
「廃仏毀釈」ともとれる政令を発しました。

寺院はもとより、「観音堂」や「お地蔵さま」までもことごとく打ち壊されたとのことです。

ここまで徹底的にやったのは、薩摩の国などがあげられますが、
ごく小藩で苛烈な盛り上がり?をみせたのが、この
「苗木藩」だったのです。

その藩の支配下にあった現・東白川村も、その嵐により、
寺が無くなりました。
その後、まったく再建されることもなく 今日まで至ってるのは、この日本では稀有のことらしいです。
そのため、「日本で唯一、お寺の無い自治体」として、
(たぶん一部で)有名になっているようで・・・。


明治初期、こんなコトがあったらしいのですが、
他の地域では、政府の方針には関わらず、
「神も仏も、混淆してナニが悪いの?」
で通してたみたいです。

     しめ縄・寺

去年行った、「越前大野」にある寺院。
お寺なのに、山門に「しめなわ」がある。

ドエライ不思議に思ったもんで、住職様に聞いてみた。
そしたら、
「仏様と神様が別けられたのは、ついこの前のコト。
 それまでは一緒でした。あの時もゴタゴタあったけど、
 結局は、それまでどおりとしました。
 だから、お寺なのに、お宮みたいなシメナワがあっても 
 なんら不思議ではないのですよ。」

・・・なるほど。
全国的にみれば、そういう例のほうが圧倒的らしい。


今まで全く知らなかった、山のなかの小さな村の歴史。
こんな小さな村にさえ、時代に翻弄されたドラマがあった。

ワシの住む町も、なんらかの激動を経てきたハズ。

ちょっと探ってみたくなりました。


     

     

    
 

     
スポンサーサイト
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
http://sossy.blog129.fc2.com/tb.php/59-753cfc07

トラックバック

コメント

[C80] すごい話

東白川村は白草けいちゃんで話が終るかと思ってましたが、ま~なんと、歴史な話!
しかも、苗木遠山家といい、報告書の内容が…、よく調べましたね。
尊敬してしまいます。
越前大野で『気になること』があったとは!
私は全く感じていませんでした。

こうもり野郎氏の博学に敬意を表します。
  • 2010-06-18 12:40
  • G
  • URL
  • 編集

[C81] 単なる受け売りです!

それほどまで持ち上げてくれなくてもイイですよ!
(もっと言ってッ!)
興味が湧いたから調べただけです。
(みんな~、知らんかったやろ~?)
「博学」だなんて、ネットで検索すればゴロゴロでます!
(興味ない人間にはムダ知識だよ!)

・・・と言うワケで、この3,4日 自分としてはとても充実した夜を過ごしてました。
興味尽きない発見ばかりで。

それにつけても、「白草」。
ああ、またケーチャン食べたぁぁぁいッ!!!
  • 2010-06-18 19:54
  • とまぢふ 
  • URL
  • 編集

[C82] 歴史よりけいちゃん

ハイボール飲んでムズカシイ話はできませんが、白草けいちゃんはウマイ!

先週ヨメを連れだしましたが、しっかり食べてました。
もともと大喰いヨメですが!
  • 2010-06-18 21:12
  • G
  • URL
  • 編集

[C83] ケーチャン探訪

「大喰い」ヨメさん、以前、下呂の「丸八食堂」でも そのアレをイカンなく発揮してましたよね!
(いえ、ウソです! 帰り、隊長ともどもクルマに乗せていただき、ありがとうございました!)

いつか、そういう「ケーチャン屋」を巡るツーリングしましょうよ!

峠めぐりはホドホドにしといて・・・。
  • 2010-06-18 21:42
  • とまぢふ 
  • URL
  • 編集

[C84] 博学!

とまぢふさん 博学凄過ぎです。
どーやって調べたの? 歴史が好きなんですね。

一宮の真清田神社も昔の地図を見ると、お寺が描かれています。後から墨で消したりして、弾圧のせいなんでしょうね。

ところで、東白川村の人々は、結婚やお宮参り、葬儀はどーしているんでしょうね??
  • 2010-06-18 23:35
  • mayumi
  • URL
  • 編集

[C85] 付け焼刃ですって!

「博学」ってのは、「いろんな知識を、ヲノレの一部として持っている人」でしょ?

私のは、単に 今さっき知り得たばかりの知識で、1ヶ月後には忘れてるかも…程度のものです。

真清田神社にもそんな歴史があったなんて!
知らなかった・・・。
それを知ってる方がエライです。私は単にネット上で調べただけの知識でしかありませんから。

東白川村での葬儀・・・明治のアノ頃は、「自葬」といって、お寺に委託することをヨシとせず、当家で葬儀から埋葬までの全てを行なったそうです。
(これまたネットで・・・。)
今は どうなんでしょうね?
会社に、「神道」の人がいますので、こんど聞いてみます。

結婚に関しては、私の地区でもほとんど「神式」ですね。「仏式」は、よほどのことがない限り、ありません。
(でも、知り合いの若いヤツは、近くの寺でやりました。私の両親もその寺でです。)

「神式」が流行ったのは、「大正天皇」が そうしたかららしいです。
神式は、ごく最近に始まったと言えるでしょう。
(それまでの天皇も当然「神式」なのでは?と思うのですが、まだ調べきれてないです。スミマセン。)
  • 2010-06-19 19:21
  • とまぢふ
  • URL
  • 編集

[C1892]

そうそう、面白いとこでした
お祭り(つちのこ祭り?GWの)の手土産に蜂が入ってる炊き込みご飯もらって「ぎょぎょぎょ~!!」なったのを覚えてます。

でも、本当に自然いっぱいの素晴らしいところでした♪
  • 2013-04-11 19:26
  • わんこの目線
  • URL
  • 編集

[C1893] 蜂メシ

わんこの目線さん、ありがとうございます!

ツチノコ狩り(祭り)に実際に参加されたんですね?!
すご~い!
で、そこで出されたのが ハチめし・・・。

私、この「ハチごはん」が大好きなんですよ。
クロスズメバチの幼虫やサナギが炊き込まれたご飯。
サイコーです!! でも、もう何十年も食べてません。
マボロシのご飯です!


そういう意味で、嫌わずに お召し上がりください。
イナカ(私のトコも含めて)は、ワンダー・ワールドですよ。 
いや、デンジャラス・ワールドなのかな?
また お越しください!
  • 2013-04-11 21:37
  • とまぢふ
  • URL
  • 編集

[C1900] 田島の2つ割の庚申様

 廃仏希釈と言えば、旧金山町にも「田島の2つ割の庚申様」がありますね。馬瀬川に走りに行った時、偶然見つけたのですが、「田島の首塚」と同様、感動しました。

 地元の人に廃仏希釈について聞いたところ、「坊主は葬式だけでなく、何回忌の法要とか言って金を取るので、このあたりでは喜んで神式にした人もいる」、とのことでした。

 教科書には載ってないお話が色々聞けるのも、自転車ツーリング・フィールドワークの素晴らしいところだと思いました。
  • 2013-04-12 23:10
  • こま
  • URL
  • 編集

[C1902] ひと・ひとですね!

こまさんも、自転車から気軽に声かけられるんですね!

クルマだと、その辺の人に声かけるのにチョットアレです。 声かけられる方も かまえてしまいそうだし・・。

それが「自転車」だと、むき身どうしでの会話で全くへだたりがない。
だからお互い、気軽に話しができるというものです。

田島地区も、金山町に合併する前は 「白川町」 の一部で、そのずっと前は 苗木藩領でした。
なので より神道化したのでしょうね。
地域の歴史って、ホント、おもしろいものです!
  • 2013-04-12 23:39
  • とまぢふ
  • URL
  • 編集

コメントの投稿

コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する

Appendix

プロフィール

とまぢふ

Author:とまぢふ
こっちがイイと言われれば そっちにフラフラ、
あっちがイイと言われれば、またその方にヒラヒラ・・・
優柔不断な野郎です。

FC2カウンター

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR
まとめ